回転寿司にいくとすべてサーモンを頼むちゃびんです。
新型コロナの影響もあり、外食産業は苦しい状況になってきました。
早く収束してもらいたいという気持ちばかりで、自分の力だけではどうにもならないというのが何とも歯がゆいところですね。
個人レベルで出来ることといえば、うがい・手洗いの徹底やなるべく人ごみを避けるといったことくらいでしょうか。そして「STAY HOME」。
スシローからの挑戦
スシローといえば、いわずもがな回転寿司チェーンの首位を独走する巨人である。
土日ともなれば席に座るまで1時間待ちは当たり前というくらい混んでいる。
家族連れや高校生のグループ、年配層など幅広い客層に支持されているのもトップランナーたる所以だ。
これはつい最近スシローに行ったときの話。
とある土曜日、買い物に出かけた先でスシローに入った。
案の定40分くらいは待ち時間があったが、回転寿司が醸し出すワクワク感のおかげで持ちこたえられた。
だから他のお客さんも1時間近くも待てるんだろうなと勝手に想像。家族で食べに入ったのでテーブル席を希望して、ひたすら待ち。
ようやく壁側のテーブル席に通され、さっそく寿司を注文しはじめたときに何とも不可解なメッセージが飛び込んできたのだった。
スシローのポスターにこめられた秘密
同じ船で獲れたまぐろでも、スシローで出せるのは、ほんの一部。
壁に貼られたポスターのフレーズ。
スシローは広告に力を入れているなと前から思ってはいたが、なるほどこれは謎めいている。
壁に貼られたポスターはシリーズもので、「みえないところも、スシロー」という企業努力を押しつけがましく訴求する内容になっている。
まぐろの謎メッセージと一緒に並んでいたのは次のメッセージ。
店内で茹でる。マヨであえる。甘いコーンの甘くない店内調理。
これはコーンの軍艦をアピールしたポスターのキャッチコピー。
昭和、平成、令和。40年えびを見極め続けた仕入れ職人。
これはそのままえびのにぎりのポスターだ。
たまたま「まぐろ」の両側に貼ってあったポスターだったので座ったまま見ることができた2枚だった。
コーン軍艦のメッセージはわかりやすい。
コピーそのまま「コーンの手のこんだ調理方法を伝えるものです。軍艦の上に乗せているコーンは手間暇かけて作ったものだから、絶対的においしいに決まっている。みんなひと口で軍艦食べちゃうけど、よーく味わって食べてください。」
えびだってそう。
もう40年近くえびの仕入れをしてきたベテランの方でしょう。
「ワシの目に狂いはない。そんな職人が仕入れたえびだからきっとおいしいに決まっている。みんな尻尾を残すけど、丸ごと食べてくださいね。」
悪意はないが、そういうメッセージがこめられているとひと目でわかる。
スシローのまぐろに賭ける情熱
さてここで、あのまぐろ。もう一度そのコピーを振り返ってみよう。
【同じ船で獲れたまぐろでも、スシローで出せるのは、ほんの一部。】
まずコーンやえびのようなわかりやすさは欠片もなく、パッと見て意味がわからない。
あえて考えさせるためにこのようなメッセージにしたのか?
このまぐろのコピーの意味が気になって、寿司を食べるどころではなくなってしまった。
解釈が人によってわかれるし、そもそも意味を理解できない。
推測が入るが、一番直訳的に理解をすると・・・
「獲れたまぐろでもいい状態のものしか店頭で出しませんよ」という理解だ。
まぐろというとテレビ番組の影響か、一本釣りの印象が強い。
ただこの場合は延縄漁で釣り上げたまぐろのことだろう。
1回で数百匹と釣りあげることもある。
その中から選別をしたまぐろしかお店では扱いませんよ(だからおいしいに決まっている)ということだと思う。
他のポスターを参考に読み解けば、この解釈であっていると考える。
ただ、初見で感じのはもう少しマイナスな印象だ。
スシローのメッセージを読み解く
コピーを分解して考えてみる。
①【同じ船で獲れたまぐろでも】
②【スシローで出せるのは】
③【ほんの一部】
句読点で区切ってみた。
②と③だけ読んでみる。
【スシローで出せるのは、ほんの一部】
ここだけ読めば、スシロー以外のところに持っていって提供していますよと解釈できる。
スシローを展開する株式会社あきんどスシローが別の業態をやっていてそちらに使いますよとも受け取れる。
まぁスシローは別の業態やチェーンを展開していないのだが。
次に①と③だけを読んでみる。
【同じ船で獲れたまぐろでも、ほんの一部】
そう、ここでわかるのは延縄漁業をやっているということだけ。
同じ船で何匹もまぐろを釣りあげるわけだから、そういうことになるだろう。
こうしてみると【同じ船で獲れたまぐろでも】は必須ワードだ。
延縄で釣り上げたまぐろ中には小ぶりなものや傷ついたものがあることは想像につく。
その釣り上げた中でもまぐろを選んでいる、選別しているというポジティブな意味に受け取るためにも必要だ。
【スシローで出せるのは】という表現はややネガティブな印象を与える。
「出すことができる」という意味だが、
日常でよく使うシーンとしては、
・そっちの部署から人を何人か出せる?
・いくら出せる?
という使い方がパッと思いつく。
使われている意味合いとして、「スシローの厳しい基準を満たし、お客様の元に提供できるのは」という意味だが、パッと見でなじみのある文脈に変換してしまい、「スシローで出せるのは、せいぜいこれくらいだ」という解釈が浮かんできてしまう。
最後に【ほんの一部】という表現だが、これもよくない。
謙遜して言ったとは文脈上とることはできないから、「ほんの」が「端っこ」みたいな印象になってしまう。まぐろの余ったところを提供している。
「スシローは出せたとしてもせいぜいまぐろの余ったところだ。」という全く逆の解釈をしてしまう危険性がある。
メッセージの答え
ではどうしたら良かったのか?
【同じ船で獲れたまぐろでも、スシローが出しているのは、選び抜いたごく一部】
とかの方がコミュニケーションとしてはわかりやすかったのではないだろうか。
コーン軍艦やえびが直球なのに対して、まぐろはわかりにくい。
どうしてわかりにくいかというと、両方の意味に受け取ることができるからだ。
自社のポスターでマイナスな宣伝をするわけがないだろう!といわれれば、受け取る意味はひとつしかないのかもしれないが・・・。
スシローのまぐろに対する愛情からこういう複雑な表現になったのかもしれないし、まぐろのコピーだけ少しテイスト変えてみたという制作側の意図かもしれない。
それを読み解くことは不可能だが、ひとつ言えるとしたら
待合所の壁にこのポスターを貼ってくれれば、長い待ち時間も退屈しなかったのに。